「キツネ目 グリコ森永事件全真相」岩瀬達哉著
「かい人21面相」を名乗るグループが「どくいり きけん」のシールを貼った菓子をスーパーやコンビニにばらまき、社会を震撼させたグリコ森永事件。あれから37年が過ぎ、似顔絵が公開されているリーダー格の「キツネ目の男」は、おそらく70歳を越えている。企業から奪い取ったカネで、どこかでのうのうと暮らしているのだろうか。
標的となった企業の経営者や、犯人を取り逃がした捜査関係者の苦渋に満ちた記憶は、時がたっても消えることはない。著者は関係者を12年かけて取材し、複雑なこの事件の真相に迫った。
一連の企業恐喝は1984年3月18日夜、江崎グリコの江崎勝久社長が自宅で入浴中に拉致される事件から始まった。4日後、社長は監禁されていた水防倉庫から自力で脱出、保護されたが、その後も脅迫は続いた。
警察と連携し、現金受け渡しの現場で逮捕する作戦は犯人に裏をかかれて失敗。それだけでなく、誤認逮捕された青年の運命を狂わせることになった。
淀川べりで恋人とデート中だった青年は、いきなり犯人グループに襲われ、恋人を人質に取られた上、現金受け取り役をさせられた。著者は被害者当人に取材し、事件現場に同行し、その顛末を詳細に描いている。キツネ目の男の体臭を感じるほどリアルだ。
丸大食品、森永製菓、ハウス食品と、標的は広がっていく。〈グリコをたべて はか場え いこう〉〈わしらに さからいおったから 森永つぶしたる〉。犯人は人を愚弄するような挑戦状や脅迫状を送りつけ、企業を脅した。食の安全を人質に取られて、経営者たちは苦悶する。犯人を取り逃がした責任をとって焼身自殺を遂げた警察官もいた。
迷宮入りした事件の細部を検証し、人間ドラマを描きながら、企業のあり方や警察組織の問題点を大きな視点でとらえた力作ノンフィクション。
(講談社 1980円)