とにかくお話を聞く…それだけで患者は笑顔を見せてくれる
「あなたはたくさんのがん患者を診てこられた。実はK先生が末期の肝臓がんで、もう治療法はないらしい。いま、心の助けが必要だと思う。本人に伝えておくから、一度、自宅に見舞ってやってくれないか」
少し前のことですが、ある先輩医師からこんなお話がありました。
K先生は大学の10年も先輩にあたり、東京の郊外で開業され、同窓会では何度かお会いしたことがありました。ただ、私はほとんど話したこともなく、少し気後れしたのですが、大変お気の毒に思って、ある日の夕方に伺うことにしました。
道すがら、どんな話をすればよいのか何も思いつかず、「とにかくお話をお聞きするしかない」と思いました。
ご自宅はひっそりとされ、ご家族はいらっしゃらないようで、ヘルパーさんと思われる方が2階に案内してくれました。50畳はあると思われる大きな和室で、床の間には大きな鎧兜が飾ってあります。薄暗い室内に布団が敷かれていて、K先生が横になっておられました。
私はK先生の枕元に座り、「先生、ごぶさたいたしております。いかがでしょうか?」と挨拶しました。K先生はうなずかれ、しわがれた低い声でゆっくりと話されました。