とにかくお話を聞く…それだけで患者は笑顔を見せてくれる
「よくおいで下さいました。お聞きと思いますが、肝臓がんです。痛みはないのです」
私は「痛みはないのですね」と答えましたが、その後しばらく沈黙が続きました。
薄暗くてはっきりは分かりませんが、K先生は黄疸のためか皮膚が黒ずみ、以前お会いした時よりもかなり痩せて見えます。
「だるくて……ね」
そう口にするK先生に、私は「だるいのですか」とたずねましたが、また沈黙となりました。
「選挙の時は、ここにたくさん人が集まったのです」
「そうでしたか」
そんなやりとりをしながら、私はK先生の顔をうかがったり、床の間の鎧兜を見たりしていました。K先生は「肝臓がんの治療法」や「抱えている悩み」を話されることもなく、3カ月前に医院を閉じたこと、在宅医が往診してくれることなどを淡々と話されました。
私は、K先生と鎧兜と私とがその薄暗い空間に溶け込んでいるような不思議な錯覚を覚えていました。何回も目と目が合っていましたが、不安そうにも見えません。それでも、K先生は自分の死期が迫っていることも分かっておられるのだと感じました。「何か、私にできることはありますか?」とたずねると、K先生は「いや……」と少し顔を動かされました。