「夢」が死の恐怖を乗り越える術になる患者さんもいる
ザクザクと波打ちぎわを歩く足音とともに一人の黒い人影があった。誰か、すぐにわかった。幼少年期をともに島で過ごした、そして既に海難事故で死んでしまったはずの古い友人だった。生きていたのか。
彼は全くふり向かず岬の方向に向かって確信に充ちた早足で歩いていった。私はなつかしさのあまり後を追った。彼方には濃い影にいろどられた黒々とした岬が見え岬の先端には教会が建っていた。彼はなれた足つきでそこを目指していった。
私は彼を見失うまいと後姿を追っているうち、突然教会の前に立っていた。彼の姿は既に見えなくなっていた。
一転、真昼だった。私は何もない岬の先端に唯一人、立ち尽くしていた。眼前には ひたすら青くまばゆい海が渺茫とひらけていた。海はたゆみなく運動しつつも漲り又静止していた。
遥か、遥か彼方……。そして太陽は またかがやきつつ私の真上にあった。
(ここまでのことは歌集「疾中逍遥」102ページ、103ページに記されています)