「夢」が死の恐怖を乗り越える術になる患者さんもいる
この夢は深い印象を与えました。夢を「見た」のではなく「体験した」という以外に表現できないようなことだったのです。
秘儀的な驚きと恐ろしさに魂が揺さぶられるような体験を、夢を媒介になぜしたのか。また、なぜすでにこの世の人でない昔の友が夢で道案内をしてくれたのか。川平は、朝目覚めてすぐにこれらの解明に取り組むことを激しく強いられました。そのまま放置できないほどの強い力をこの夢は持っており、そうしないではいられなかったのです。
「背を見せているだけで友人は何も言わなかった。でも言いたげであった。だから自分で解かなければならない」
夢に強いられ、現実での作業が始まりました。 友人は画家でした。友人が伝えたかったことは何か。手がかりを求めて、友人の作品の写真を集めました。一作だけ、真作が身近にありました。その画からはメッセージを発見できませんでした。しかしその画の下に、全く異なる絵が見つかりました。真作の下に潜んでいた描きさしは、「ピレネー山」の画でした。 「ピレネー」と言えば、川平は個人的に一つの強いイメージを抱いていました。青年期の愛読書の一つに、ヴァルター・ベンヤミンの著作がありました。ユダヤ人ベンヤミンはナチスに追われ、仲間とともにピレネー越えを敢行しますが、途中で追いつかれたと思いすごし、絶望のあまり生還の可能性を自ら捨て、自分から命を絶ってしまいます。しかし、希望を捨てなかった仲間はピレネー越えを成功させました。