ニーチェを「神を否定する哲学者」に変えた病魔とは?
ニーチェはまた、身体と心を分けて考える心身二元論も批判しました。魂や精神といった存在を「本質」とみなすのではなく、現実に存在している自分自身の身体をもとにして、この身体で世界を見、聞き、感じ、考えることこそが重要であると訴えます。その後、ニーチェの思想的態度は、サルトルによって「実存主義」と名付けられます。そのため、ニーチェは実存主義の先駆者と呼ばれるのです。
ニーチェが生きた19世紀半ばから20世紀初頭は、日本では江戸末期から明治後半にあたります。ドイツでは鉄血宰相ビスマルクが登場して、ドイツ帝国では経済活動が活発となると共に経済格差が生まれます。さらに、ダーウィンの進化論が論争を巻き起こし、キリスト教の世界観が大きく揺らいだ時代でもありました。
とはいえ、キリスト教を批判するというのはよほど腹をくくらないとできないことだったろうと思います。それを可能にしたのが彼の持病だったのではないか、と言われているのです。その持病と疑われているのが梅毒です。
ニーチェは44歳の頃の著作から誇大妄想的な表現が見られるようになり、翌年に往来で騒動を起こして警察に拘留されます。拘置所から知人に送った手紙には、「私はインドにいた頃は仏陀であり、ギリシャではディオニュソスだった。……アレクサンダー大王とカエサルは私の化身であり、ナポレオンだったこともある」などと書いてあったそうです。心配した友人が精神病院に入院させますが、その時の診断が「進行性麻痺」で、梅毒だったのでは、というわけです。