イベルメクチンは新型コロナウイルス治療に効果なし? 世界で議論百出
新型コロナワクチンの接種が進む一方で、治療薬への期待も高まっている。そんな中、大きな議論になっているのが「イベルメクチン」だ。東京都医師会会長ら一部の医師からコロナ治療に有効とする声が上がり、一般でも使用を求める声が高まっている。効果はあるのか。
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イベルメクチンは、寄生虫を死亡させたり体外に排出させる駆虫薬で、日本では寄生虫によって起こる腸管糞線虫症や疥癬の治療に使われる。
北里大学の大村智特別栄誉教授の研究により開発された国産の飲み薬で、1980年代から寄生虫などによる風土病の予防や治療に世界中で使われている。この業績によって大村氏はノーベル医学・生理学賞を受賞した。
そんな実績のあるイベルメクチンが、新型コロナ治療にも有効なのではないかといわれ始めたのは昨年の春からだ。オーストラリアのビクトリア感染研究所のグループが、細胞を使った試験管内の実験でイベルメクチンに新型コロナウイルスの増殖を抑える効果があったと発表。
その後、南米の一部の国などが新型コロナの治療薬として使用を認め、中南米やアジアなどを中心に「イベルメクチンがコロナの予防や治療に効果がある」とする臨床研究の結果が80件ほど報告された。
しかし、WHO(世界保健機関)をはじめ、FDA(アメリカ食品医薬品局)やEMA(欧州医薬品庁)は、新型コロナウイルスに対する有効性や安全性が確実ではないとして、コロナ治療での使用は推奨していない。
同じく承認されていない日本では、昨年9月から北里大が医師主導の臨床試験を実施中だが、現時点で結果は出ておらず実施期間が延長された。
肝機能障害の副作用が出るリスクも
イベルメクチンは新型コロナに効くのか。都内にある国立大医学部附属病院の救急救命センター・集中治療部に所属し、新型コロナウイルスの基礎研究と臨床現場で治療に携わる専門医が言う。
「イベルメクチンが新型コロナウイルスの増殖を抑えるのはたしかです。しかし、それはあくまで試験管の中での効果であって、感染したヒトの体内で同様の効果があるかどうかについては科学的な根拠がありません。しかも、実験でウイルス増殖を抑えたイベルメクチンの濃度は、標準的な治療で投与された際の血中濃度の50倍以上に相当します。現在、投与量をコロナ治療用に変えた臨床試験も行われていますが、結果は出ていません。かつて、腸管糞線虫症の患者さんが多く見られる地域の医療機関で、実際にイベルメクチンを処方していましたが、適切な使用量でも肝機能に何らかの障害が出る患者さんが多くいました。たしかな有効性が認められていないイベルメクチンを自己判断で服用するのはリスクが高いといえます」
各国で報告されているイベルメクチンが新型コロナに対して有効とする臨床研究は信頼性が低いものが多く、米国で報告された「イベルメクチンが新型コロナ患者の死亡率を約6分の1に低下させる」との論文は、データの捏造が発覚して取り下げられている。
「医師個人による少数の症例報告は、有効性と安全性を判断するうえで信頼できる材料にはなりません。エビデンスレベルが最も高いメタアナリシス(複数の臨床研究のデータを統合し、統計的方法を用いて解析した系統レビュー)では、新型コロナ患者の治療に有効性は認められないと結論されています。感染症の領域で最も権威がある学術誌『CID』に掲載されたメタアナリシスでは、軽症の患者に対するイベルメクチンは、標準治療またはプラセボ(偽薬)と比較して、死亡率、ウイルス量を減少させる効果はなく、新型コロナ患者を治療するためのオプションではないと報告しています」(前出の専門医)
製薬会社との利権から独立した立場でエビデンスを集約し、世界中の医師が参考にしているオンライン医学書「UpToDate」でも、「新型コロナに対するイベルメクチンに関する臨床試験のデータは質が低く、死亡率、侵襲的人工呼吸器の必要性、入院期間への影響はすべて非常に不確実で使うべきではない」としている。イベルメクチンの製造元である米メルク社も、「新型コロナウイルス感染症患者に対する臨床上の活性または臨床上の有効性について意義のあるエビデンスは存在しない。大半の臨床試験において安全性に関するデータが不足している」との見解を出している。
現在、新型コロナをターゲットにした新たな治療薬の臨床試験が進んでいる。イベルメクチンの有効性と安全性が認められていない現状では、新薬に期待したほうがよさそうだ。