「ギャラリーストーカー」猪谷千香著
「ギャラリーストーカー」猪谷千香著
ギャラリーストーカーとは、画廊で作家につきまとう人たちのことをいう。多くは40代以上の中高年男性で、ターゲットにされるのは主に美術大学を卒業したばかりの若い女性作家。
個展の会場で作家に話しかけ、長時間独り占めする。作品を購入し、理解者、支援者ぶりをアピールする。勝手に下の名前で呼んで彼氏ヅラする。食事やドライブに誘う。画廊の帰り道に待ち伏せする……。ストーカーの自覚がない困ったおじさんたちは、作品発表の場に一人立つ女性作家を、無料のキャバクラ嬢と勘違いしているらしい。
若い女性作家を苦しめるのはギャラリーストーカーだけではない。有名美術家、評論家、キュレーター、美大の教師、コレクターなど、美術業界で力を持つ男たちによるハラスメントや性被害は枚挙にいとまがない。彼らは若い作家の将来を左右する権力者だから、被害に遭っても声を上げられない。しかし、美大も業界も見て見ぬふり。「芸術家は破天荒」という業界の神話もハラスメントを軽視させる。
一見、自由奔放で華やかに見える美術業界の驚愕の実態に迫ったノンフィクション作品。自らのつらい体験を語った女性作家たちに寄り添い、対策を探る。セクハラ、パワハラは美術業界に限ったことではないが、この業界ならではの構造がそれを助長していると著者は指摘している。美大には女子学生が多く、教員の圧倒的多数は男。ジェンダーバランスが極端に偏っている上、教員は作家であることが多く、旧態依然の徒弟制度が残っている。師匠に認められなければ、弟子は、狭い美術業界で生きていくことが難しいのだ。
それでも時代は変わりつつある。権威ある美術評論家の団体がハラスメント撲滅に動き、女性作家たちがガイドラインを作り、若い世代が声を上げた。光は見えている。著者は大の美術好き。美術業界の変革を願う強い思いが伝わってくる。 (中央公論新社 1760円)