「コロナで死ぬのは嫌」気になる患者と初めて言葉を交わした
診察の予約日になって、GさんはまたN病院に出かけました。マスクを着けて電車に乗り込むと、乗客は皆マスクをしています。車内では話し声ひとつ聞こえず、次の駅名を告げる車内放送だけが響いていました。
病院に着くと、入り口に消毒用アルコールが置いてあったのでGさんは手にとってすり込みました。患者も病院の職員も皆マスクをしています。
いつもと同じように、採血してから診察室前で順番を待ちます。マスクをしているためか、やはり話し声はありません。聞こえるのは、時折、次の患者の名前を呼ぶ声だけです。
Gさんは他の患者とは離れて長椅子に座ったのですが、急に隣に座ってきた患者が「コロナ嫌ですなあ。気をつけましょう」と声をかけてきました。見ると、マスクをしたJさんでした。初めて声をかけられたのです。
Gさんはとっさに「お宅こそ、どうも」と返事をしました。Jさんは渋い顔で「私は食道がんで治療しています。コロナで死ぬのは嫌です。ではまた会いましょう」と言って出て行かれました。 この2年間ずっと毎回のように会っていても、お互いまったく口を開くことはなかったのに、コロナが言葉を交わすきっかけとなったのです。