210安打達成した94年 イチロー極秘契約更改交渉の中身
イチローから電話があったのは、深夜0時を回っていた。人はほとんど歩いていない。駐車場で合流、雑談をしながらマンションに向かっていると、向かいから中年のご婦人が歩いてくる。その女性とすれ違う瞬間だった。
「あれ! イチローさんですよね!」
ご婦人がこう言って目を白黒させたから、こちらが驚いた。声を上げたのが若者とか、場所が球場の近くなら野球ファンかもしれないから、私服姿のイチローに目が留まっても不思議ではない。
しかし、ごくフツーの中年女性が深夜の0時すぎに、駅前の道端で出くわしただけで、イチローをそれと認めたのだ。国民的スターとなった現在ならともかく、その人気は凄まじいものがあると改めて感じながら自宅マンションへ向かった。
玄関のドアを開けると、牛脂の焦げた甘い芳醇な香りが鼻をついた。深夜とはいえ、育ち盛りの野球選手だし、腹もへっているだろう。たまたま冷蔵庫に肉があったので、女房がステーキとサラダ、それに白飯を用意した。
イチローはサラダには一切、手を付けなかった。彼は当初、野菜が苦手だった。しかし、ステーキと白飯は残さず、ペロリと平らげた。腹が膨れた頃合いを見計らって、わたしは年俸の話を切り出した。