スポーツ医学の専門家に聞く“灼熱”東京五輪はどれだけ危険
この酷暑大国日本で、アスリートは無事でいられるのか。きょう15日、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)が行われ、2020年東京五輪マラソン代表の男女各2人が内定。五輪期間は来年7月24日から8月9日まで、最も蒸し暑い時季に開催される。今年のデータ(気象庁調べ)だと、7月はすべて最高気温30度超。1日を除き、湿度も80%以上だった。8月も、9日までの最高気温は6日間で35度を超え、湿度は70%以下はなし。日照時間も、8月中は9時間を超えていた。筑波大体育系でスポーツ医学を専門とし、熱中症にも詳しい渡部厚一准教授(53)に話を聞いた。
■過酷な環境への耐性
――来年の東京五輪は選手の健康被害が心配されている。今年と同様の暑さなら、東京五輪でアスリートに熱中症の危険性はありますか?
「当然、可能性としてはあるでしょう。日本の夏は諸外国のそれとは違って湿度が高い。つまり、汗が乾かず、気化で熱が外に逃げないのです」
――炎天下で長時間運動をするマラソンは特に危険だといわれています。
「一般的に、熱中症が発生しやすい種目は運動量が多いもの、といわれています。競技中に限っていえば、例えば、100メートル走の短距離ランナーが熱中症になることは、まずないでしょう。競技時間が短く、運動量はマラソンランナーと比べて少ないですからね。マラソンは運動量に比例してエネルギー発生量も多い。それをいかにコントロールして走れるかが勝負の分かれ目になる。肉体の制御に失敗すれば、危険です。途中棄権するランナーも出てくるかもしれない。しかし、短距離とマラソン、どちらが熱中症の可能性が高いかといえば、また話は違ってきます」
――どういうことですか?
「競技中ではなく、それ以外の待機時間のことを考えてみましょう。仮に競技と競技の合間に、1時間待つことがあるとします。マラソンランナーは常日頃から何十キロと走る練習をしています。それだけ、過酷な環境には耐性があると言っても過言ではありません。暑熱順化(体が暑さに慣れ、脱水症状や熱中症が起きにくくなること)もできているので、多少、日差しの下で待たされても影響は少ないと考えられます。でも、短距離ランナーはそうではない」
――運動量の多さと熱中症のリスクは比例しないということですか。
「日本スポーツ振興センターによる学校管理下の熱中症の発生傾向の統計を見ても、死亡数の第1位は野球です。野球は攻撃中は屋根のあるベンチ内に座り、守備中も投手以外は打球が来るのを待つだけ。つまり、運動量そのものは決して多くない。それでも熱中症が起きやすいということは、運動量以外にも気をつけるべきことがあるということです」
――屋内競技、競泳などでも熱中症の可能性はありますか?
「競泳は屋内プールで行われますが、建物の構造上、広くてエアコンが効きにくかったり、ガラス張りで日差しが差し込んで温室のようになることもあります。私は水泳の仕事にも携わっていますが、会場にいるだけで汗だくになることもあった。さらに、アーティスティックスイミング(旧名シンクロナイズドスイミング)のように音楽が外に漏れると迷惑になる場合は、ドアなどを厳重に閉めなくてはいけない。当然、空気がこもります。水温? 水の入れ替えを怠るなどしなければ、水温が上がることはまずないでしょう」
■メディカルサポート
――IOC(国際オリンピック委員会)は「大会2週間前から、東京の夏と同じ条件下で練習をし、体を慣らした方がいい。入浴やサウナも効果がある」としています。
「効果はあると思います。もちろん、五輪直前に来日して練習をしてもいいですが、疲労やコンディション管理もありますからね。それを考えると、2週間という期間は必要だと思う。ただ、アスリートの熱中症に関しては、それほど心配はないのでは、という気もします」
――それはなぜですか。
「五輪に出場するのはトップアスリートばかり。環境への対策をとった上で、いかにパフォーマンスを発揮できるかを目指している。特にさまざまな競技でメダル獲得を狙う大国は選手団の規模も大きく、メディカルサポートの体制も整えられている。反対に、参加することが目的の小国などは競技レベルそのものが高くないケースが多い。その場合は、無理してでも競技を続行する、という可能性は低いのではないか。私はむしろ、熱中症はアスリートより観客やボランティアの方が危険だと思います」
――組織委員会はパラリンピックを含めて、1000万人の来場観客数を見込んでいる。
「五輪のアスリート自体は1万人くらい(2016年リオ五輪は約1万1000人)。しかも、彼らはアイスバス(氷風呂)など、熱中症に対する備えがある。でも、観客はそうではない。暑いからといって、『自分もアイスバスを使わせてくれ』なんて言えませんから(笑い)」