観客の球場感染ゼロ 12球団が血眼で取り組むコロナ対策
今年2月、日本野球機構(NPB)は「2020年シーズン統括」を公式サイト上で発表。そこで明らかになったのが、来場者の球場内コロナ感染がゼロということだ。昨季は例年の143試合から120試合に大幅減。シーズン途中から観客を入れ、合計入場者数はセが275万4626人、パが206万8952人だった。これだけの人数を集めながら、プロ野球はどうやって球場内での観客感染をゼロに抑えているのか。
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コロナ対策のため、数十億円かけて東京ドームの設備を補修、増設したのが巨人だ。感染症対策にもっとも重要なもののひとつが換気。巨人の新型コロナ対策の担当者は「空気をドーム内で循環させず、外に吐き出すことが大事」と、こう続ける。
「東京ドームには1時間に10万平方メートルの外気を取り入れるファンが24台ついている。2019年まではそのうち12台を稼働させていたが、昨季からは18台に増やしました。換気が及ばないコンコースの対策としては、1台数百万円の大型のサーキュレーターを30台発注。出口に向かって空気が流れるよう工夫もしています」
巨人は昨年11月7、8日は8割上限で試合を開催。7日が2万6649人、坂本が2000安打を達成した8日は3万1735人が来場した。この2日間の二酸化炭素濃度を計測。基準値は「1000ppm以下が望ましい」といわれるところ、両日とも1000を超えることはなかった。
夏場に向けた準備もしている。現在、外気を通常の1.5倍取り入れているため、それだけドーム内が暑くなりやすい。気温の上昇によりマスクを外す客が増えれば本末転倒。そのため、場内の気温を一定に保つため、大型冷凍機を12億円かけて増設した。
巨人はトイレ増設費用だけで11億円
さらに観客が利用するトイレにも手を加えた。
「感染症対策で手を洗うためだけにトイレに入る人もいる。そこで昨年7月28日の有観客開催スタートに備えて、トイレ外に手洗いスポットを12カ所新設。昨年12月から今年2月にかけて、混雑しやすい女子用を中心にトイレを134台増設した。既存のものと合わせれば従来の1.7倍です。費用? トイレだけで11億円です」(巨人のコロナ対策担当者)
それ以外でも警備員の増員、トイレや通路の混雑がわかるサービス「東京ドームアラート」の導入。毎試合後は全4万3000ある客席を、10時間以上かけて消毒と徹底的に対策を行っている。
どの球場も新型コロナ対策のため、費用もマンパワーも惜しんでいない。日本ハムの本拠地・札幌ドームを運営する「株式会社札幌ドーム」では、スタッフに毎日検温を義務付け、体調管理を徹底。行動履歴の記録も欠かさないことで、万が一に備えている。
観客への呼びかけも重要事項だ。西武ライオンズの新型コロナ対策担当者が言う。
「声かけだけではなく、目立つように看板を持ったスタッフが観客席を巡回しています。混雑しやすい試合後の退場方法も工夫しました。19年までは試合後にグラウンドを開放していましたが、それを昨季の有観客試合の途中から復活。OBによるノックなどはやっていませんが、写真撮影やグラウンド体験の時間を設けることで、少しでもお客さんが退場する時間がバラけるようにしています。コロナ禍では帰りの電車の混雑も危険ですから、西武鉄道とも話し合いを重ねました。今後のコロナの感染状況でお客さんの入場上限も変わってきますが、それに応じたプランも複数用意してあります」
観客同士のトラブル回避へスタッフも1.5倍に
当初は12球団もコロナ対策に四苦八苦。オリックスの小浜裕一事業運営部長が当時をこう振り返る。
「プロ野球とJリーグが共同で行っている『新型コロナウイルス対策連絡会議』は去年3月3日に第1回の会合を行い、来週で30回目になります。最初は東京に各球団の担当者が集まり、感染症の専門家の方々から『コロナはこんな病気で、こういう特徴がある』というレクチャーに対し、我々が質問して……という形でした。最初は手探り状態だったので、1回の会議が1日がかり。1カ月くらいしたらリモートになり、会議時間も2時間前後になりました」
担当者が会議で得たさまざまな知識を現場にもたらし……と、日々の情報がアップデートされているという。
前出の小浜氏が言う。
「お客さん同士のトラブルを避けるため、警備員、巡回スタッフの数を19年までのシーズンより1.5倍に増やしました。ほとんどのお客さんは声援NGなどの注意を守ってくれますが、中にはアゴマスクで声を出す人もいる。それを別のお客さんが注意してトラブル、というケースもあるんです。我々スタッフも感染しないよう工夫はしています。たとえば警備員やアルバイトのスタッフの控室も、座席はすべて壁に向かって配置。野球開催期間中は彼らにも外食などを我慢してもらっています」
もちろん観客自身の自助努力、感染対策を取る球団への協力もあってこその「球場感染ゼロ」だ。
「昨季開幕直後のような無観客にだけは絶対戻らないように、というのが我々の願いです。野球はまだ『開催させていただいている』という立場。コンサートなどが続々中止になっていることを思えば、追加費用や苦労などは苦になりません」(前出の小浜氏)
「短期的に見れば大きな出費かもしれませんが、いま費用やマンパワーを惜しんではプロ野球自体の維持にも関わる。もし、対策をおろそかにすれば必ず跳ね返ってきますから」(巨人のコロナ対策担当者)