「口笛の上手な白雪姫」小川洋子著
公衆浴場の脱衣場にあるベビーベッドの脇にはいつも小母さんがいて、赤ん坊を連れてやってきた母親が一人で入浴できるよう赤ん坊の世話をしてくれる。浴場の裏庭にある小母さんが住む小屋は、アーチの扉、赤レンガの煙突、よろい戸付きの窓、三角の屋根と、白雪姫が小人たちと一緒に暮らしていた家のようだった。
実はこの小母さんにはある秘密があった。赤ん坊をあやすときに口笛を吹くのだが、なぜかその口笛は赤ん坊にしか聞こえないのだった……。
小川洋子はいつも日常の脇にあるちょっと不思議な世界へ連れて行ってくれる。この表題作を含めて8つの短編が収められている本書もまた、そんな世界の人たちが登場する。世の中の「かわいそうなこと」をリストしてノートに付ける少年、ミュージカル俳優に死んだ息子の面影を託す母親、愛する作家の全作品を暗記する女性、ウサギを巡ってスパイ大作戦を敢行する曽祖父とひ孫……。
本書の中に「特別な声の持ち主」の作家が出てくるが、まさに小川洋子の「特別な声」が響いてくる滋味豊かな短編集。(幻冬舎 1500円+税)