「遠慮深いうたた寝」小川洋子著
映画「サラの鍵」のヒロイン、10歳のサラは、ユダヤ人の一斉検挙の時、弟を納屋に隠して鍵をかける。だが、収容所に送られ、もう家に戻れないと知って、弟を救い出そうと鉄条網をくぐって脱走する。警官に見つかり、引きずり戻されそうになった時、サラは警官に声をかける「ジャック」。そして毅然として「私はサラ・スタルジンスキ」と名乗って握手を求めた。
サラの名前を知ってしまった警官は、彼女を逃がすしかない。人の名前にはそれだけの力がある。それなのに、小川洋子は自分の作品の登場人物にほとんど名前をつけたことがない。それはたぶん、小川も彼らの名前を知らないからだ。〈「名前の不思議」〉
不思議な視点でつづられたエッセー集。
(河出書房新社 1705円)