山本コウタローさん追悼秘話 知られざる社会派の顔「常に問題意識を持っていた」
♪走れ~走れ~コウタローの印象的なフレーズと軽快なリズムで覚えやすく、中高年世代なら誰もが口ずさんだであろう、故・山本コウタロー(本名・厚太郎)さんの代表曲「走れコウタロー」。これはコウタローさんが一橋大の学生時代に組んでいたフォークグループ「ソルティー・シュガー」の曲として1970年にリリース、ミリオンヒットとなった。
「もともとは馬の名前がつけられていたのですけど、当時グループの練習に遅刻ばかりだったコウタローさんを見、作詞の池田謙吉さんが『コウタロー』に変えたそうです」(構成作家のチャッピー加藤氏)
もうひとつの代表曲、「岬めぐり」は作詞家の山上路夫氏の歌詞に、コウタローさんが作曲したもの。
「コウタローさんはこのとき、足摺岬か知床半島あたりをイメージしたそうですが、レコードを出したあと、ファンからどこの岬かと聞かれ、気になって山上さんに聞いたところ、『ああ、三浦半島、城ケ島あたり』との答えがかえってきた。そんな近場だったのかと、驚いたのだとか」(前出の加藤氏)
名曲の裏にエピソードありだが、コウタローさんの素顔も、「とても真面目で、バックグラウンドの広い方でした。自分が見聞し、当事者でもあったフォーク全盛時の貴重な話を書き残したり、軽妙に語るフォーク界の語り部でもありました」。
卒論が初の著書「誰も知らなかったよしだ拓郎」(74年)となり、書籍化された。