「仁者は憂えず」の書を見て自分は毎日憂えていると思った
以前、私は「化学療法科」(現・腫瘍内科)に勤務し、抗がん剤治療、緩和医療にあたってきました。白血病や悪性リンパ腫の患者の多くは頑張って良くなり元気で退院されるのですが、手術後にがんが再発、あるいは転移して終末期にある患者の場合は、なかなか厳しい状態で紹介されてきます。たとえば、腹水や胸水がたくさんたまった状態です。入院期間は長くなり、亡くなられる方もおられました。
がんの告知は行っていない時代でも、自身ががんであることを自覚している患者はたくさんいらしたと思います。医療者はがんと告げない、患者も聞いてこない、という関係です。ある患者には、がんが肝臓に転移していることを話していなかったのですが、抗がん剤治療で転移が消えて、良くなって退院されました。その患者は自宅に帰ってから、家族に「神様はいたんだ」と話されたそうです。本人は、がんであることが分かっていたのです。
当時、私は患者に対して「大丈夫です」と繰り返していました。しかし、大丈夫ですと言われても、昨夜も大部屋から個室に移って亡くなった方がいた……そのようなことを、こそこそ患者同士が話し合っていたこともありました。