「仁者は憂えず」の書を見て自分は毎日憂えていると思った
当時、M病院長は、私が転居したことを知って、毛筆で「仁者は憂えず」と書いてくださいました。私はそれを額に入れ、リビングに飾りました。論語に「子曰く『知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず』」とあります。「仁者は憂えず」とは、「仁者は仁徳があり、あれやこれやと心配することはない」と解するようです。
ある人は「いい字だね。さすがM院長先生だ。あなたは幸せだね」と言ってくださいました。また、中国からの留学生を自宅に招待した時にはとてもほめてくれました。当時、その書をずっとリビングに飾ったままにしていました。字をほめる人、文をほめる人、いろいろです。
私は、その書を見て勇気をいただいたこともありましたが、ある時は「毎日が憂えてばかり」と思うこともありました。患者の病状が回復した時はよいのですが、厳しい状態が続くこともあるわけです。そんな時は情けないことに、私は毎日憂えていると思ってしまうのです。それで、この額を押し入れにしまい込んだこともありました。
M院長は10年ほど前に亡くなられましたが、消化器病学の大家でした。最近、M院長の人間愛を思いながらこの達筆な書を見て、「一芸に秀でるものは、多芸に通じる」という言葉が頭に浮かぶのです。