「らんる曳く」佐々木中氏
■最近の純文学にはエロが足りない
男は友人の提案で京都に移り、ふたりの女と出会い“堕落”していく。
「本当の意味はあべこべで、堕落を認めないことが過ちなんです。坂口安吾『堕落論』の通り、人間はそもそもぐうたらでだらしない。それを認めて肯定することが健康なんですよ。肉体は汚いものだし、汗も糞尿も垂れ流し、服も垢じみてボロになっていく。でもそういう時間の経過の中でしか未来をつくり出すことができない。それこそが堕落であると。ならば、堕落せよ、堕落を認めようと思うわけです。食べたり恋愛したりセックスしたり、生の営みそのものを肯定していこうと。死んだ妻もずっと操をたてろ、なんて思っていませんから。罪悪感も業も含めて、残された人間は生きていかなければいけないんですよ」
震災文学であり、恋愛小説なのだが、読み手によっては印象が異なる。
「男のモテ自慢小説と言う人もいれば、同性愛小説と読む人もいる。僕は純然たるエロ小説だと思っています。最近の純文学にはエロが足りない、大江健三郎くらいまではよかったけれども、最近はこれみよがしのSMとか奇をてらったものばかりで、谷崎潤一郎のようなちゃんとしたエロはどこへいったんだ! と思っている諸兄に読んでいただきたいです(笑い)」