ミクロの世界を動画で 進化する「生体イメージング」技術
自治医科大学分子病態治療研究センター 分子病態研究部(栃木・下野市) 西村智教授
生きたまま人の体の中を見る「生体イメージング」の代表的な技法には、放射線を使ったレントゲンやCTなどがある。しかし、見られる体内の組織や生体での変化は限られる。それを新しい生体イメージング技術を用いて、生体のミクロの世界をカラー動画で観察する研究が進められている。
新しい技術とは、体に害のない可視光(目に見える光)や赤外線などの光を当て、「8K顕微鏡システム」という機器を使って見る。
開発者の西村智教授が言う。
「レントゲンやCTで病変らしき影が写っても、それが何かは分かりません。病気かどうかは、生検で組織を採取して顕微鏡(病理検査)で見て決まります。それが8K顕微鏡システムを用いると、血管や血流、赤血球、白血球など、生体内で起きていることが細胞レベルで体表からでも観察できるのです」
例えば、微小血管に傷ができると、白血球や血小板などの細胞が集まってきて、傷を塞ぐ様子、がん細胞の周辺で繰り広げられる免疫細胞との戦い、血栓がどのように形成されて血流障害をもたらすのかなど、これまで想像の域を出なかった体内で活動する細胞の働きが手に取るように分かる。世界から注目される研究だ。
【動画】血栓形成(生体内)の可視化
【動画】活性酸素刺激による血管収縮モデル
(動画提供:自治医科大学分子病態治療研究センター 分子病態研究部)
しかし、不思議なのは、なぜ皮膚の外から血管の中などが鮮明に観察できるのかという点。当てる光の波長を変えることで、レンズの焦点の合う深さを変えることができ、光る組織の色も異なるのでカラー動画でありのままに映し出されるという。簡単にいえば、太陽に向かって手のひらを広げ、透かして見ているようなイメージだ。
■8K解像度センサーで視野が120倍に
もうひとつ画期的なのは、顕微鏡で見られる視野が広いこと。従来の顕微鏡であれば、小さいものを見ようとすればするほど視野が狭くなる。そこで応用したのが、映像をデジタル処理する撮像センサー。8Kの解像度を持つセンサー(スーパーハイビジョン)を顕微鏡と組み合わせることで、従来の視野が約120倍広がったという。
「ただし、現時点で得られているカラー動画の生体イメージングのデータは、すべてマウスやブタなどの動物を使ったものです。GFP(緑色蛍光タンパク質)などの光る物質を投与して行っているので、人ではそのような物質を使わないで組織を光らせる技術の開発を研究中です」
研究で使っている8K顕微鏡システムは、すべて西村教授が手作りしたものだ。もともと循環器内科でカテーテル治療にたずさわる医師だったことから、実際に血管が詰まる瞬間を見てみたいと思ったのが出発点。2007年から生体イメージングの研究を始め、昔から電子工作や車いじりが好きだったこともあり独自で顕微鏡システムを開発。いま数台あるスーパー顕微鏡は常に進化を遂げている。
「この生体イメージングが人にも応用できれば、将来的には『光による診断』が可能になり、病気を予測することができます。さらには、光による積極的かつ低侵襲な手術や治療が可能になると考えています」
顕微鏡が発明されて約400年。医療がすべて顕微鏡の中で完結できる時代がくるかもしれない。
▽1999年東京大学医学部卒後、2007年同大学院修了。東京大学付属病院、日本学術振興会特別研究員、東京大学先端医療技術開発拠点特任准教授などを経て、13年から現職。