いまも思い出す父のありがたい親心 勝新太郎さんの父親も…
私が大学生だった頃の夏休みに、国鉄の職員だった父に頼んで、線路工事の手伝いをさせてもらったことがありました。
昼の暑い日差しの下、線路工手の方が線路に敷いた枕木を相手につるはしを振り下ろす姿に、私はある種の憧れを持っていました。意味は分かりませんが、「タカトッタ、タカトッタ」との掛け声をあげていた記憶があります。
私にはそんな力仕事ができるはずがないのに、生意気なお願いでした。
グループのリーダーは、私を一目見て、「あなたには危なくて持たせられない」と言いたげで、つるはしを持たせてもくれませんでした。結局、線路に敷かれた小石の周りに生えた草を取るように言われました。
一日中、夏の炎天下に水筒の水を含みながら、耐えて草取りをしました。休めるのは昼食の時と列車が通る時でした。その休み時間に、試しに置いてあるつるはしを持ってみると、とても重くてうまく振り下ろせませんでした。
「おいおい、そこの若いの、危ないからよしな!ケガするぞ」